機動性DNAエレメントと宿主がおりなす生物多様性創出
:宿主対応と継世代伝播

領域略称名:機動性ゲノム
領域番号:25A301
設定期間:令和7(2025)年度~令和11(2029)年度
領域代表者:石黒 啓一郎
所属機関:熊本大学発生医学研究所

領域の概要

 ヒトゲノム情報のうち、タンパク質をコードする遺伝子領域はわずか2%に過ぎず、残りの98%の多くはトランスポゾンや内在性レトロウイルス、あるいはそれらに由来する断片化されたDNA配列(総称して機動性DNAエレメント)で占められている。生物種によってゲノム内の割合には差があるものの、ほとんどの生物のゲノムに機動性DNAエレメントが多く含まれている。機動性DNAエレメントは転移・増幅能を持ち、宿主ゲノムに変異を導入し、疾患の発症や種の破綻を引き起こす「負の側面」として捉えられることが多い。一方で、機動性DNAエレメントによるゲノム配列や高次構造の変化が、新規遺伝子機能の獲得や表現型の多様化に寄与することも明らかになってきており、単なる「有害」な要素ではなく、「正の効果」を発揮する潜在性を持つと考えられる。
 多様な生物種における表現型の多様化、種分化、進化の過程を理解するためには、機動性DNAエレメントの「正の側面」をより深く探究することが不可欠である。そこで本領域では、機動性DNAエレメントと宿主のこれまでの共存関係や現在の相互作用を理解し、新たな形質獲得や種分化・進化への寄与の可能性を解明することを目指す。機動性DNAエレメントによる体細胞変異は基本的に一世代限りの現象だが、特に種分化への寄与を考える場合、機動性DNAエレメントがもたらすゲノム構造の変化や、配列変化を伴わない高次構造の変化が生殖系列を介して継世代伝播される仕組みの解明が重要となる。また、機動性DNAエレメントは配列やコピー数が生物種によって異なるため、多様な生物種の研究を通して、一般性や特殊性を明らかにする。これにより従来の遺伝子間の種間比較によるオーソロジー研究では解決できなかった原理を明らかにすることを目指す。
 従来のショートリード解析技術では、機動性DNAエレメントの正確なアノテーションすら困難であり、ほとんどの生物種においてその全体像を把握することはできていなかった。また、「進化の過程」を実験的に再構築することの難しさも課題として存在する。しかしながら、近年のロングリード解析技術の普及により、機動性DNAエレメントの「正の側面」を詳細に解析する機運が高まっている。本領域では、「A01: 宿主対応」と「A02: 継世代伝播」という2つの計画研究を通じて、以下の2点を目指す。1.実験科学とゲノム情報科学を融合させることで、自然界のタイムスケールを人為的に短縮し、種間比較オーソロジーでは解決できない問題に対応できる実験科学的手法を確立する。2.多様な生物種を対象とし、最新技術を積極的に活用した共同研究体制を構築する。

公募する内容、公募研究への期待等

 以下のいずれの研究項目においても、計画班ではカバーしきれていない多様な生物種を対象とした研究や、独自の解析技術を活用した研究提案を歓迎する。特に、計画班の機動性DNAエレメント解析支援チームとの連携を前提とした実験系の研究や異種生物間での連携研究の提案を推奨する。また、本領域が将来的にも持続可能な研究分野として発展していくことを期待し、若手研究者および女性研究者の積極的な応募を歓迎する。

A01:『「宿主対応」:内外的要因が誘発する宿主—エレメント間の相互作用の実体と機序の解明』

 気温上昇やウイルス感染など、さまざまな内的・外的要因が機動性DNAエレメントの機能を誘発する仕組みを明らかにする。また、機動性DNAエレメントが宿主の内在性システムと相互作用し、クロマチン構造や遺伝子発現を介して、F1世代の形質にどのような影響を及ぼすのか、その分子機序に焦点を当てる。機動性DNAエレメントの制御や表現型への寄与に着目し、一般的なクロマチン研究やエピジェネティクス研究に限定される内容のものとの差別化を図った研究提案を歓迎する。

A02:『「継世代伝播」:宿主—エレメント間の相互作用の生殖サイクルにおける機能解明と継世代伝播の実態』

 機動性DNAエレメントに対する宿主の応答が、種の多様化にどのように寄与しているのかを解明することを目的とする。そのために、生殖サイクルにおける伝達様式、水平伝播、F2世代への形質継世代伝播のメカニズムを探求する。宿主ゲノムへの影響(DNA配列の変化やクロマチンの高次構造)が継世代的に伝播される場合、それが個体差、多様化、種分化、さらには進化にどのように関与するのかを明らかにする。研究期間内で実行可能な個体を用いたWET型研究や情報科学を駆使した長期タイムスケールを視野に入れた研究などがこの項目に該当する。

公募する研究項目、応募上限額、採択目安件数

研究項目番号研究項目名応募上限額(単年度当たり)採択目安件数
A01「宿主対応」:内外的要因が誘発する宿主—エレメント間の相互作用の実体と機序の解明450万円7件
A02「継世代伝播」:宿主—エレメント間の相互作用の生殖サイクルにおける機能解明と継世代伝播の実態450万円7件